December 01-10,2002

2002年12月
「冷蔵庫愛日和」
2002/12/10 (Tue)

最近のコドモのお気に入りは、冷蔵庫である。

台所でコドモ用のゆらゆら揺れるベッドに寝転がせておいて、何か飲もうかと冷蔵庫を開ける。ふとコドモを見ると、見ているのである。私を、ではない。冷蔵庫をである。或いは、卵を出そうと冷蔵庫を開ける。すると、背後から嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。コドモを見てみると、見ているのである。

何が嬉しいのかはわからないのだが、とにかく、冷蔵庫が大好きなようである。正確に言えば、冷蔵庫のドアが開くことが楽しくて仕方がないらしいのである。

確かにオトナでも冷蔵庫を開けるのが大好きな人というのはいて、それはつまり、私や、マコトさん(義父)なのだが、そういう人は、別に何をするというわけでもなく、冷蔵庫を開けるのである。お腹が空いたわけでも、喉が乾いたわけでもない。ただ、冷蔵庫を開けて、中身を確認するのである。確認といっても、別に「これ、賞味期限切れてるじゃないのっ」と、嫁にドレッシングを投げつける鬼姑みたいなことをするわけではない。「何か、おいしそうなものは入っていないだろうか」という一心で、冷蔵庫のドアに手をかけるのである。例えばプリンなんかが入っていたら、ちょっと嬉しい。その程度のことで、オトナの「冷蔵庫開けたい欲」は満たされるのである。

だからといって、コドモがそんなことを考えているとも到底思えない。何しろ、まだ赤子である。もう少し大きくなれば、それこそプリンの一つでも食べるようになるだろうが、赤子が喜びそうなものなど、全く入っていないのである。考えられるのは、「冷蔵庫の開く音が好き」か、「冷蔵庫が開いた時に一瞬ひんやりするのが好き」か、「冷蔵庫が開いたことによって相方さんのお腹が満たされ、母乳の出がよくなって、結果的にコドモのお腹が満たされるので好き」か、「実はうちのコドモは冷蔵庫の妖精である」か、ぐらいである。万が一うちのコドモが冷蔵庫の妖精だったとして、私は、コドモの父兄参観日に一体どんな格好をして行けば良いのだろうか。


2002年12月
「マナー日和」
2002/12/09 (Mon)

朝、目が覚めると既に8時14分だった。いつもなら、ちょうど家を出る時間である。思わず「えぇっ」と大声を出してしまい、コドモが目を覚ましてキョトンとしているのを尻目に、はやてのように着替え、一応歯を磨いて顔を洗って、スピード出社。8時33分、無事出勤完了。8時45分が始業時間なので、余裕である。普段早めに出勤していて良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。

しかし、さすがに寝起き15分で出社とかすると、電話を取ってもまだ声が本調子ではなく、風邪でもひいたかのようなガラガラ声で、自分でも驚く。「風邪?」と隣の席の人に少し喉を心配されたりもして、やや恥ずかしい思いもする月曜の朝なのだった。

さて、一体何故、私は寝過ごしたのか、である。昨日の疲れが残っていたというわけではない。ただ単純に、目覚まし代わりに使っている携帯電話が、いつの間にかマナーモードになっており、まあいつの間にかと言ってもマナーモードにしたのは私なのだが、そんなことは棚にあげてしまって、とにかく、アラームが、鳴ってもいないのに鳴ったことになっていたのである。

ここで考えなければならないのは、「マナーって何?」ということである。

今回の場合、音を鳴らすことよりも、遅刻することの方がどう考えてもマナー違反なのではないだろうか。だとすれば、せっかくマナーモードにしているのだから、そこはアラーム音がなってくれないと困るじゃないかと思う。セットしたアラームが鳴らないとは、そんなもの、マナー違反である。マナーモードなら、もっと気を使えよ、私に。とか思うのは、私のワガママなのだろうか。或いは、それこそがマナー違反なのだろうか。


2002年12月
「マライア日和」
2002/12/08 (Sun)

朝からコドモが、機嫌が良いのか悪いのかわからないのだが、マライア・キャリーばりのハイトーンボイスであーあー言っていて可笑しいなあと思っていたら、実は、うんちを大量にしていたのだった。どうやら「うんち出たよー」と言っていたらしい。そんな声出さなくても、普通に言えばよろしい。

ところが、おむつを換えた後も結局今日は一日、マライアの日なのだった。思うに、「うわ、俺、こんな高い声も出るよっ」ということを発見して、嬉しくて仕方がないのだろうと思う。


2002年12月
「お菓子日和」
2002/12/07 (Sat)

午前中に散髪に行こうと思い、待たされるのが嫌なので朝起きてから何も食べずに出かけたら、お店の人に、「休みなのに、えらく早起きして来ましたな」みたいなことを、にやり笑いを浮かべながら言われ、照れる。いや、照れることはないのだが。

その後、ミスタードーナツが、ドーナツ全品100円などということを言い出したので、お昼に家族総出で食べに行く。調子に乗ってパクパク食べていると、お腹の中が、何だか気持ち悪い感じになってしまった。というか、無性に甘くないものが食べたくなってしまったので、近くのお店でたこ焼きを買ったら、これがまた結構な甘さで、しかも何から何までふにゃふにゃのとろとろで、個人的に表面がカリッとしてるのが好きな私と相方さんとしては、いかんともしがたい気持ちになる。

夜は夜で、なんとなく久しぶりにもんじゃ焼きを食べたのだったが、さすがに朝からお菓子っぽいものばかり食べていたせいもあって、後半、お腹の中がかなり変な感じになってしまい、ついでに気分が悪くもなったりして、大騒ぎなのだった。きっと、胃がもたれるってやつである。

お菓子ばっかり食べてても、コドモは胃がもたれたりはしないのよな。そう思うと、オトナになったのだなあと感慨深く思ったりする私である。まあ、オトナというか、おっさんである。


2002年12月
「献血日和」
2002/12/06 (Fri)

この間、会社で半強制的に献血をした。過去に一度だけ、自分の血液型を調べるという私利私欲のためだけに献血をしたことがあったのだが、それ以来一度もしたことはなく、今となっては献血したのが一体いつ頃のことだったのか、何処でやったのか、どうやって行ったのか、誰と行ったのか、何なら、本当に献血に行ったのかどうかさえ記憶が曖昧ではっきりとは思い出せなかったりもするのだが、だからといって特に困ることもなく過ごしているので、それでよしとしている私である。

ちなみに、ケイコさん(実母)は割に献血マニアで、近所で献血があるたびに出かけていっては、毎回「血が濃いので400ml抜いても大丈夫ですよ」と言われながらも頑なに200mlしか抜いてもらわないことにしているという話を聞いた事がある。その頑固さと血の濃さとの間には、何かしら関係があるのではないだろうか。

今回の私の献血は、まあ大したこともなく普通に終わったのだったが、聞いた話によれば、献血をした後に貧血で倒れた人がいたとか、いなかったとか、いたけど辞めたとかいう話である。

確かに、血を見ただけで貧血になるという種類の人がいて、そういう人は、献血ならまだしも、健康診断の血液検査で検尿よりも少ない量を採血されても、それで貧血になったりするので可哀想である。いっそ、全員、血を抜くというシステムを辞めてしまって、かわりに、トマトジュース的なものを鼻から出すことにしてはどうかと思う。


2002年12月
「異臭日和」
2002/12/05 (Thu)

コドモの尿は、もの凄く臭い。まだ赤ちゃんで、ほとんど母乳しか飲んでいないはずなので軽く甘い匂いでもしてくれれば良いのだが、これがまた尋常ではなく臭いのである。どう考えても、尿の異臭だけは一人前のおっさん並である。しかも、これは最近気付いたことなのだが、どうもコドモの尿の匂いは、私の尿の匂いと似ているような気がしてならないのである。そんな所で親子の絆を見せつけられても、こちらとしてはちっとも嬉しくないどころか、むしろそんな所は似なくてもよいくらいなのであるが、これがまた哀しいかな、そっくりで残念である。

まあ、母乳しか飲んでいないとはいえ、その母乳を作り出しているのは相方さんの日々の食事であり、毎日昼以外はほぼ同じものを食べている私と相方さんであるので、その母乳から作られる尿の匂いが私のそれと似ているというのもわからない話ではないのだが、そうなってくると今度は、何故コドモの便はカスピ海ヨーグルトの匂いであるのか、という大問題が現れるのである。尿の匂いが似ているなら、便の匂いも似ていておかしくはないような気がするのだが。かといって、自分の便がヨーグルトっぽい匂いだったとしたら、それはそれで相当へこむような気もする私である。


2002年12月
「鳩山日和」
2002/12/04 (Wed)

民主党・代表の鳩山由紀夫氏が、代表辞任を表明した。この件に関しては様々なメディアで大きく取り上げられており、政治に全く興味のない人であってもテレビで軽く見聞きしたことはあるだろうと思う。

私が鳩山氏について考えた時に真っ先に思うのは、「『鳩山』という名前は、なんと可愛らしいんだろう」ということである。ひらがなの中でも、柔らかいイメージのものばかりを選りすぐったかのような「はとやま」という四文字。漢字にすると現れる「鳩」という字はそのまま平和の象徴であり、お寺や公園でまるまると太った愛くるしいイメージを振りまいている。つづく「山」に至っては、その画数の少なさからも、人当たりの良さが伺えるという優しさ。こんな可愛らしい名字は、なかなかないと思う。

私が鳩山氏についてもう一つ思うのは、「鳩山」というイメージとは全く異なる、その悪人顔についてである。ちょっと、怖すぎやしないか。「鳩山」という微笑ましくほのぼのとした名前とは裏腹な、あの鋭い眼光、尖った頬という、「鳩山」というよりは「鷲岩」とかの方がしっくりきそうな悪人顔とのギャップが、今回の辞任劇に少なからず影響しているような気がして、不憫でならない私なのである。

付け加えれば、鳩山氏には弟がおられるのだが、こちらも負けず劣らずの悪人顔。しかも兄弟仲があまりよろしくないようで、兄について語る時の弟の、その悪そうな顔といったら、その怖さで幼稚園一つは潰せそうな勢いである。というか、政治家というのは何故いちいち悪人顔なのだろうか。顔で政治をやるわけではないのであんまり書くと怒られそうだが、政治家の8割は悪人顔であるような気がする私である。何か、国会議事堂というのは何かそういう仕組みになっているとしか思えない。だとすれば、政治家というのも意外と大変だなあとしみじみ思う次第である。


2002年12月
「熊ぬい日和」
2002/12/02 (Mon)

我が家に、この期に及んでさらに新しい仲間が増えた。しかも、もらいものではなく、思わず買ってしまったものである。自分たちで買うようになったら最後、後はもう増える一方のような気もするが、まあ、それもまた、人生である。

ボリス
熊 vs 兎

もちろん、ミッフィーでお馴染みのデザイナー、ディック・ブルーナのキャラクターで、名をボリスという。ちなみに、この顔にそばかすが付いたのがバーバラという女の子、というか、メスの仔熊である。

土曜日のライブ前に、高島屋で発見。そもそも、相方さんが友人から「手を入れて動かせるタイプのものは、ブルーナものだと、ミッフィーしかない」と聞かされており、今我が家にいる今津さん(写真右)はその友人からプレゼントされたものなのであったのだが、その日の高島屋には、この人形タイプのものがミッフィーの他に、ボリス(熊)、スナッフィー(犬)、ポピーおばさん(豚)と全部で4種類もあり、コドモの意思とは無関係に反射神経で思わず買ってしまった次第である。

両手にミッフィーとボリスを装着し、コドモをあやしながら眠る。そして、両手にぬいぐるみをはめて眠る27歳・男の姿を想像して、可笑しくて目が覚める。

それにしても、ブルーナもののぬいぐるみの、あの手触りの気持ちよさはどうだ。この人形タイプのものに至っては、人形の内部、つまり手を入れた側までもが暖かくて気持ちよいのである。それではまるで、これを手袋に使って下さいと言わんばかりではないか。一年前に手袋を片方何処かに落としてしまった私にとっては、まさにうってつけなのである。とはいえ、手袋代わりにブルーナの人形をはめる会社員が会議で何を言おうがまるで聞いてもらえないような気がするのは、私の気のせいだろうか。



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